2014年07月29日

藤原定家の明月記はスクラップブック!?紙を切り貼り

朝日新聞にこんな記事がありました。
“切り張り”のおかげ?で貴重記録残った 定家の明月記 朝日新聞 2014年7月28日


“切り張り”のおかげ?で貴重記録残った 定家の明月記 朝日新聞よりキャプチャ画像

藤原定家(ふじわらていか、さだいえ)さんをご存知ですか?

藤原定家(1162年〜1241年)さんは鎌倉時代初期の公家で歌人。
小倉百人一首の撰者(せんじゃ)で有名な方だそうです。
藤原定家 - Wikipedia

藤原定家 - Wikipediaを見ると、
79歳前後で亡くなられているようなので、
当時としてはかなり長生きだったのではないでしょうか。

そのため、仕えた主君(天皇陛下)は、10代にもわたっています!!
二条天皇 → 六条天皇 → 高倉天皇 → 安徳天皇 → 後鳥羽天皇
→ 土御門天皇 → 順徳天皇 → 仲恭天皇 → 後堀河天皇 → 四条天皇


どんなお姿の方かというと↓

藤原定家 - Wikipedia
※クリックして頂くと拡大した画像が開きます

さて、この藤原定家さん。
このブログでも、ときどき登場されるお名前。

先ほど書いたように、何より長生きされていらっしゃる上、
しっかりと日記を付けられてたんですね。
それも56年間!1180年〜1235年にわたって克明に。

その日記は明月記(めいげつき)と呼ばれます。
※ご本人は「愚記」と呼ばれていたそう。

長い記録の上、天文上の記録もあったりするんですよね。
1.1054年4月中旬の「かに星雲の超新星爆発」が載っている
2.1204年2月21日に京都でオーロラが見られた

オリオン座ベテルギウスの超新星爆発はいつごろ?2013オリオン座流星群、藤原定家の明月記
…という日記も。

この1の超新星爆発の記事が「切り貼り」だったようです。

1230年11月の日記に過去の1054年の超新星爆発の日記があるようで
“切り張り”のおかげ?で貴重記録残った 定家の明月記 朝日新聞 2014年7月28日
によると…
そのころ(1230年)に彗星(すいせい)が現れ、
台風や凶作や政情不安などとの関連を気にした定家は、
陰陽師の安倍泰俊に過去の事例を問い合わせたとあった。

その次の段落には定家とは違う豪快な筆跡で
泰俊からの返書と思われる文章があり、
さらに別な筆跡の細かい字で超新星に関する記録が続く。

写本ではわからないが、
原本を見ると紙を張り付けたような跡があった。
泰俊が弟子に調べさせた報告書を返事の手紙に同封し、
定家がそのまま明月記に張り付けたとみている。
…だそうです。

ということで、
安倍泰俊さんやそのお弟子さんの手紙を切り貼りしたようですね。
今でいうスクラップブック状態ですよね。

でも、これが一番早い!正確だし!!


2.1204年2月21日に京都でオーロラが見られた
というのも、藤原定家さんの記録のおかげでわかったんですよね。
1204年2月21日の明月記に
「北の空から赤気が迫ってきた。
その中に白い箇所が5個ほどあり、筋も見られる。恐ろしいことだ。」
オーロラ - Wikipedia

…と書かれていたんですね。

この赤気(せっき)というのが、オーロラのこと。

オーロラは高度によって色が異なるようですが↓

オーロラと低緯度オーロラの解説の記事を参考に作らせて頂きました。
高緯度地域(65〜70度)では、オーロラの下の方の美しい色が見れるんですね。
でも、京都のような低緯度地域(北緯35度)では、
高い高度の赤色しか見えないそうです。
オーロラって高度によって色分けされている?しかも酸素や窒素で色が異なる??


明月記は58巻ほどあるそうですが、
明月記 - Wikipediaを見ると、
原本は虫食い等があったり、盗難など外部へ流出した部分も多いとか。

今回、小山勝二・京都大名誉教授が調べられたのが
1230年11月の原本だということなので、
切り貼りという手段は、あちこちにあるかもしれませんね。
何せ58巻もあるのだから。しかも、紙も貴重だったでしょうしね。
posted by ポジタリアン イエロー at 08:09| ブログ
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