2015年07月19日

日本の資本主義というもの


Forex Money for Exchange in Currency Bank / epSos.de


経団連企業を中心とした
ほんの一握りの人間のために「和をもって尊しとする」考えのもと、
国民を食い物にしてきた様子をいろいろ書いてきました。

これは戦前もまったく同じ構造だったと思うのですが、
この仕組み自体を是正する仕組みだったのが
ケインズ経済学の資本主義だったと私は思っています。

一部の権力と金が集積した人間たちは、必ずその力で悪いことをする。
さらに金と権力が集まるようにと政治を買う。
※今、経団連は点数を付けて政党に企業献金してますね(賄賂)。
 自民党はその言いなりになってるだけです。

それが出来ないようにマクロ経済学では、
ケインズ経済学を中心として、
「所得税の高い累進課税」で一部の権力と金持ちが得た所得から多くを奪い、
その税収を「所得の再分配」と称して奪われた国民にいろんな形で還元する。

それが保守本流自民の枠組みでもあったと思っています。

しかし、中曽根氏によって累進課税はフラット化させられ、
その後も何度かされ、法人税も引き下げられ、
税制で大企業は有利にされたり、金持ちは優遇税制がよくあったり、
その代わりに、
国民には消費税(中曽根氏時代は大型間接税として導入しようとしてました)、
年金保険料の増額に次ぐ増額、介護保険料開始、
医療の負担割合の変更など、負担はかなり大きくなりました。

小泉改革では規制緩和の大号令のもと、
立法趣旨を顧みることなく、大企業有利な規制緩和がなされました。

さらに、アベノミクスで円安誘導物価高誘導のため、
一握りの役員は報酬が増えましたが、
多くの国民は給与が増えることなく減る人も多く、
物価高に悩まされるように。


この形を資本主義だと思っている人もいるかもしれませんが、
これはマネタリストの古典派経済学的な考えなんですね。
フリードマンから始まる政治家に寄り添う形で始まったもので、
ご都合主義的な部分があったわけですが、
それぞれには、ある程度、社会が崩れないための枠組みの考え方もあったのを、
政治家が自らに都合のいい部分だけをつまみ食いして、
「金による平等」「市場は万能」だから「規制緩和」とか言い出した。

これは権力とお金が集まる人にとっては願ってもないチャンスで、
マスコミを使って「贅を尽くす」、「金持ちの足を引っ張るな」
といろいろ洗脳してきました。


国民はいつの間にか、それに慣らされ、
「たまに贅沢したい」「たくさん稼いだ人から所得税を多くとるのはおかしい」
なんて、自分に置き換えて、短絡的に考え出します。

そこに付け入られる隙があったんですね。
原発。だから、電気を使いたければ原発再稼働。と。


原発の危険性が東日本大震災で明らかになった以上、辞めるのは当然。
しかし、金で出来上がった「和をもって尊しとする」
しかも「和」なので「責任を取るべき中心人物はいない」ことで、
やりたい放題できるんですね。

中心人物って安倍氏だと思ってる人もいるでしょうけど、
ある意味、ただの傀儡です。


戦前も公害を垂れ流しながら国土をむしばみ暴利をむさぼり、
ゼロ戦などでぼろ儲けして、
戦後も原発などでぼろ儲けして国土をむしばむ。

その枠組みこそが、日本を滅ぼしてきた張本人集団。


とはいえ、大企業を悪とするのも、
正しい企業もあるわけで、おかしな話ですよね。
何を持って悪とするのかも難しいです。

結局は、ある種の規制で釣り合いを持たすしかないんですよね。
それが戦後日本の選択だったと私は思っています。


資本主義を辞めたらいい?
そうなれば、さらに独裁者が出やすくなるのは、歴史が証明してますよね。
零細な資本でみなが切磋琢磨するのが、一番、経済成長できる。
でも、資本が大規模に集積するとさらなる強欲によって独占したくなり、独裁者になる。

人は弱いもので、金と権力を持った途端、寝返ったりするもの。
また、そういうふうに考えて、
そうならない仕組みだったのが、ケインズ経済学を中心にしたマクロ経済学。
と私は思っています。


では、なぜケインズ経済学が滅んじゃったんでしょうか。
簡単ですね。滅ぼしたくて仕方ないでしょう。金持ちの皆さんは。
あの手この手が功を奏して、しかも、そもそもの弱みだった
「所得の再分配を政府が(恣意的に)行う」ことが、
金のばらまきによる政治家と官僚の私物化につながったわけですから。

この部分は経済学の範疇というよりも、モラルですが、
会計学的に「悪いことができない仕組みである内部牽制的考え」で
国民が「政府は信用できない」と思う方向になるほか、私はないと思います。
もちろん、政府広報化してる「NHK&マスコミも信用できない」という方向も。
日本が良くなる唯一の方法は内部牽制の考え方にある
世の中が良くなる方法


国民による「政府を監視する目」が、未然に政府の悪だくみをできなくするわけです。
そうなれば、経団連企業も手を出せません。
まあ、それでも、あの手この手でつぶしにかかるでしょうけど。

また、マスコミも信用ならないとしなければ、容易にまた洗脳されるでしょう。
だからこそ「考える力を育てる教育」が大切なんですが、
今の日本は「暗記のみで従順な人を育てる教育」になっている気がします。

戦前の盲目的に政府につき従うを善とする考え方から脱却できれば、
政府の犯罪防止に大きく前進することでしょう。


今、大きく歴史が動くのか、わかりませんが、
同じ轍を踏まないように願わずにはいられませんね。


funny money / Materials Aart



追記:


労組が強かった時代を私は知らないんですが、
※もう大学の頃にはストライキなんてなかったような。。
特に日経連と経団連が合併してから、止めようのない拝金主義な国になっちゃいましたよね。
私はやっぱり「政府は信用できない」「NHKは真実を流さない」と
誰しもが思い、口に出すことから始まる気がしてるんですが。

その後は、何度も書いてるように、正しい情報を開示させることから始まると。
※これも何度も書いてますが、正しい情報は適時性、適格性、比較可能性を具備し、
 一部を切り取ったりしたものでないこと、誰しもがわかりやすく見れること。

官僚は徹底して、
公表時間をずらし、わかりにくく、比較できない状態で、見つけにくくして、
すべてを包み隠すので。(まるでそれが仕事かのように)。
※実際、省益を優先するので、
 国民にわかりにくくすることが仕事だと思ってる気がしますね。
タグ:経済 一言
posted by ポジタリアン イエロー at 11:54| ブログ
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