2013年08月15日

京都と第二次世界大戦


比叡山延暦寺 - Enryaku-ji // 2010.08.07 - 007 / Tamago Moffle


ふと目に留まった記事、
比叡山に特攻基地、御所は飛行場 京都と戦争の秘話 日本経済新聞 2013年8月15日
京都人なんですが、知らないこともたくさんありました。

簡単に箇条書きすると
・伏見の師団街道にあった旧陸軍の跡地に龍谷大学
・陸軍第16師団の司令部だった聖母女学院の本館
・西陣は空襲の街
・京都は原爆の投下目標だった
・西陣織はぜいたく品として禁令
・金属の供出でお寺からも鐘が供出された
・弥栄会館は昭和19年から風船爆弾の製造工場
・比叡山上に秘密の特攻基地
…カタパルト(発射装置)で勢いをつけて宙に飛ばし、
 後はロケットで敵めがけて飛んでいく仕組みの
 「桜花」という特攻機の基地
 昭和20年5月から建設し、比叡山上にカタパルトがあった。

戦後
・御所が進駐軍の飛行場にされそうに
…強力な反対により二条城前に
・進駐軍のジープが八坂神社の階段をのぼった など

師団街道という名前しか知らなかったです。
それが戦争に関連する名前と思っても、気にしてなかった。。

西陣が空襲被害にあったとか、
堀川や五条が疎開道路だったとかは知ってました。
千本五条から西大路五条間の五条通り拡張工事と悪王子?
にも書きましたしね。

堀川で言えば、進駐軍がチンチン電車を奪って?
無茶なスピードで電車を走らせて、堀川中立売で横転して川に落ちた?
そんな話は聞いたことが(確か、石碑があったような)
※ちょっといい加減な記憶で内容は間違ってるかもしれませんが…

京都が原爆の候補地だったのも有名ですよね。

でも、まったく知らなかったのが、
比叡山が特攻隊の基地だった?ということ。

桜花 (航空機) - Wikipediaによると、
日本海軍では本土決戦への有力な兵器と見なし、
陸上基地からカタパルトで発進させることができる
四三乙型などの大量配備を図ろうとしていた。

43型では、
比叡山延暦寺の側にカタパルトが造られ、
カタパルト建設と桜花の輸送に比叡山鉄道のケーブルカーが接収された。
カタパルトは終戦直後に連合国軍の手で爆破された、
との記録が有る(大津市市制100周年企画展「大津の鉄道百科展」の展示より)。

…だそうです。

そういえば、こんなニュースも少し前にありましたね。

浄土宗は戦前、戦闘機を陸軍に献納したり
中国、朝鮮で戦意高揚を図る巡教を実施するなど
「戦時教学」の名のもとに戦争に協力してきた歴史を持つ。

稲岡康純宗務総長(75)は「過去の一時期、
共生が本来と違う意味で流用されたのは事実だ。
近現代史の中で検証され、理解が進むように宗派として考えたい」
と話す。
元は京都新聞の記事ですがリンク切れだったので。
浄土宗、戦争責任を検証 戦後63年、加担を反省へ【2008.03.08】(京都新聞) - 戦後責任ドットコムブログ

これも、当時ビックリしました。お寺が戦闘機を献納???って。
時代だったんでしょうけど…
確かにそういうことがない時代になるように、
間違ってもそういう時代に流れていかないようにするために、
検証されたほうがいいですよね。


毎年、終戦記念日があるのに、
いまだに知らない内容に触れるとは…。


IMGP7977 / Kyoto-Picture
タグ:歴史 京都
posted by ポジタリアン イエロー at 14:40| ブログ
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