2013年08月16日

五山の送り火の「妙法」って、なぜ左から?昔は右から書くんじゃ??



京都大文字 京都人でも意外と知らない?五山の名前【普段の五山の山々を航空写真で】 - NAVER まとめ
を見ながらふと思ったこと。

それは、お題に書いた通り、
五山の送り火の「妙法」って、なぜ左から?昔は右から書くんじゃ??


早速調べてみました。

すると、やっぱり他の方も思われてたようで、
Yahoo知恵袋に質問が。

五山の送り火の妙法について質問です。 昔の人は確か字を書く時読む時は右から読ん... - Yahoo!知恵袋
昔の人は確か字を書く時読む時は右から読んでいたと思うのですが、
どうして妙法は左から書かれているのでしょうか?

に対して、ベストアンサーは
もともと右から左に統一されていたわけではないとして、
↓のリンクが。

そもそも当初は縦書きでした。
これを「1行1文字の縦書き」と云う考え方で、
左から右(現代と同じ方向だが、意図していたことは異なる)に
書く方法がありました。
その後、太平洋戦争の前後あたりで混在しています。

横書き自体が駄目なものであるとする層さえあり、
欧米文化(英語などが左から右への横書きであるため)に倣ったような、
横書きは悪いとする主張も強まり、
一時は、右から左に完全に統一すると云う見解が政府から出ました。
昔の日本では横書きの文章は右から左へ書いていたのに、 なぜ今は左から右へ書く... - Yahoo!知恵袋

さらに、五山送り火 - Wikipediaを見ると、
『日本歴史地名体系第27巻 京都市の地名』(平凡社、1979年)は、
この寺伝については「伝承であろう」としつつ、
「妙法」と左から右に書いてあることを根拠に、
同時にできたものではなく、
「妙」が先に作られたのであろうと推測している(118頁「妙法山」の項)。

っとありました。

涌泉寺の寺伝によると、徳治2年(1307年)、
松ヶ崎の村民が日蓮宗に改宗したとき、
日像が西山に「妙」の字を書き、
下鴨大妙寺の日良が東山に「法」の字を書いたという

という話も。

・別人がそれぞれ書いた
・昔はそもそも右から左に統一されていたわけではない
・先に「妙」が西山に出来て、
 後で「法」を足すときに、場所が開いていたのが東山だった?

というような理由かもしれませんね。
タグ:京都
posted by ポジタリアン イエロー at 10:15| ブログ
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