2014年06月16日

真実の隠ぺいは社会の多大な損失に。虚栄心の罠と省益の罠


venus fly trap / BotheredByBees


心理を考えるのに今、ちょっとはまっているので、今回もそんなお話です。

真実を隠ぺいする心の一つ 個人における虚栄心の罠
ヒトを最初から騙そうと思う場合は別として、
個人的な自尊心やそこからさらなる虚栄心へと進むと、
自身を(真実ではなく)よく見せたいと思うがばかりに、
嘘をつくことになったりしますね。

詐欺する側が考えるであろう信頼を得るための手法について考えてみる
の続きみたいなものですが、
虚栄心(きょえいしん)も、その虚栄心ゆえに内容を偽り、
場合によっては詐欺へと駒を進めるかもしれません。

虚栄心とは、いわゆる自分を実際以上によく見せたいと思うこと。
誰しも持っていることですし、
お叱りを受けそうですが、お化粧というのも、ある種、合法的な虚栄の産物かも。

もっと端的に言えば、人気者になりたい!という気持ちでもありますよね。
なので、虚栄心が強い人は人を偽りながら世論の中心的人物になることもあります。


そんな虚栄心の強い人を簡単に見破る方法を考えてみました。
1.自分が一番偉いと思われたいので、論拠の根幹を示さない
…たとえば学問というのは、
 誰しもが検証可能で、検証し直すことによって、理解を深めることもありますが、
 検証されると、本当のことがばれてしまい、見栄を張ってることがばれるため、
 論拠の根拠をあまり示さない特徴があります。
 また、それによってある意味神格化できるという利点もあります。

2.弱い心を悟られないために、自薦の用心棒になる
…自薦の用心棒とは、空気を読んで
 集団心理や社会的に得られた結果を擁護すること。
 つまり、長いものに巻かれて、長いものを正しいということによって、
 賛同者を得、自分を誇示するんですね。

3.場合によっては、情に訴える
…また、不利な情勢になった場合、
 自己中心的なので演技してでも自身の世界へと誘い込もうとする。


このあたりが虚栄心が強い人のパターンかと考えてみました。
では、そういうヒトは何が問題なのでしょうか。

それは虚栄心が強いために、
自分が偉いと思われたいために、「真実を隠ぺい」したり、
自分自身のつじつま合わせで「真実を捻じ曲げたり」する癖があるようです。
個人的には、
隠し通せば、嘘をつき続ければ、ばれないと考えるわけですね。
でも、その結果、社会的には多くの損失を被ることになります。

真実の隠ぺいは虚栄心だけじゃなく、ほかの理由でも行われますね。
例えば、責任回避でも、私腹を肥やすためにも、人を騙すためにも…


真実を隠ぺいする心の一つ 組織における省益の罠
省益と書きましたが、省庁に限らず、企業でも同じですが
企業の場合はそもそも利益を追求するのが仕事なので、省きます。
※もちろん社会正義や正しい社会慣行に照らして逸脱しないうえでのことですが。

官公庁における組織の利益優先の心理です。

本来、国民の税金によって支えられているので、
国民に奉仕するというのが仕事のはずですね。

そのためには、省庁の垣根は無関係で、
やらなければいけないことをすればいいだけなのですが、
「省益のため」と言われることがあります。

予算分捕り合戦なんて言われたりもしますね。

真の国益じゃなくて、省益を優先するのはなぜなのでしょうか。
いろいろと理由は考えられますが、
1.働いている省庁が一番と思われたい
2.上司のご機嫌を取り、出世したい
3.プール金をため込んで私腹を肥やしたい…
…3はさておき、1と2は誰しも持っていそうな欲望です。

出世して所得を増やしたいのは誰しも一緒ですし、
働いているところがいいところと思われたいのも一緒です。
一種の自尊心にも似てますが、
こちらも行き過ぎると虚栄心みたいになりますね。

そもそも、本来は国民への奉仕なので、省益を考える時点で間違いですが、
それも行き過ぎると、虚栄心同様、
虚偽の内容を省益のために平気で言えるようになるかもしれません。

省益優先 → 真実の隠ぺい・真実の捻じ曲げ


個人における虚栄心も、組織における組織の利益優先も
真実の隠ぺいや真実の捻じ曲げを行うきっかけになってしまいます。

そうすると、社会に大きな損失を与えることになります。

社会の大きな損失というのは、
真実があれば、検証も可能で、反省点を後世に活かすこともできますが、
真実を隠ぺいされると、検証は不可能で、未来も同じ過ちを犯しかねないからです。


真実は共有の財産という考え方
おそらく学問の世界で一番大切なのは「科学的方法」だと私は思っています。
自然科学でも社会科学でも
物事を調査し、結果を整理し、新たな知見を導き出し、知見の正しさを立証する。

端的に言えば、「原因があって結果がある」、
「この結果になるには原因がある」ということ。
きちっと原因を究明し、過程を整理して、結果(知見)を導き出す。

それは、前提が同じならば、
本来、誰がやっても同じ答えになるはずのもの。
また、その過程や論拠は検証可能で、誰しも後から検証できるはずのもの。
ある意味、人類共有の財産であり、だからこそ、後世の研究につながるべきもの。

それが真実というものであるはずが、
今、真実という言葉自体も捻じ曲げられている気がします。


真実は誰しも検証可能なものですが、
その根幹をなす部分を虚栄心によって隠されると、
それはもう真実ではなくなる。
検証不能となる。

マスコミの報道は真実ですか?ちゃんと検証可能ですか??
官公庁が出す情報は真実ですか?ちゃんと検証可能ですか??
検証が出来るように(わかりやすいように)整えていますか???


ばれないように、わかりにくいように、見えないようにしてませんか?

そういう手法が使われている場合、それはもう真実ではないのかもしれませんね。


虚栄心自体は詐欺ではありません。
でも、その虚栄心のために、真実から遠ざかり、
場合によっては嘘を重ねないといけなくなる。

省益はそもそも問題ですが、
社会では広く許容されているように感じることもあります。
省益を過度に追求するがために、
省庁における不利を偽るために真実を隠ぺいしたり、捻じ曲げたり。


高給取りで偉いと思われる官僚の人々は、
虚栄心や省益に雁字搦めにもなりそうです。


嘘を重ねれば重ねるほど、真実がまったく見えなくなり、
真の国益(多くの根ざした国民と未来の国民、国土)ではなく、
省益や一部の大企業のための利益を国益とすり替えて報道したりする。
※報道にはそれらを検証して伝えるよりも、報道発表通りに報道すれば免責される
 と考えられるため、報道はこれらを検証しません。
 ただし、ワイドショー的に国民の話題になりそうな問題は
 「検証」を重ねる真似をしますが。
 マスコミをついつい信用してしまう、その理由や心理とは?

そうするうちに、誤った方向へとさらに進んでしまうのかもしれません。


Self Trapped / nicubunu.photo


※文章のつながりがなんとなくおかしい部分もありますが、
 下書き時に何度も書き直して足しこんでるうちにわけがわからなくなったためです。
 すみません。
posted by ポジタリアン イエロー at 14:06| ブログ
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